対戦格闘ゲームの一大ムーブメントを築いた珠玉の名作『ストリートファイターII』(以下、『ストII』)。このコーナーでは、第一作目の発売から20年以上を経過した今も色あせることのない『ストII』の歴史を、さまざまな「ストIIプレイヤー」たちの視点から語ってもらう。 記念すべき第1回には、初代ゲーメスト杯ストIIチャンピオンシップの覇者でもある清藤幸治氏をゲストとしてお迎えした。当時の熱いプレイヤーたちの生きざまに、ぜひあの頃の自身の思いを重ねていただきたい。

東長崎駅にて。優勝した当時よりもがっしりとした体つきになったが、どことなく初代ガイルにも似た当時の面影は変わっていない!

東長崎駅にて。優勝した当時よりもがっしりとした体つきになったが、どことなく初代ガイルにも似た当時の面影は変わっていない!

 

絶対に受けると思っていた『ストII』が本当に出た!

FOOすけ(以下、「F」):それでは本日はよろしくお願いします!

清藤幸治(以下、「清」):こちらこそよろしくお願いします。

F:では早速、清藤くんが『ストII』を始めたきっかけみたいなものから聞かせてもらえますか。

:もともと『ストリートファイター』(1987年作品。以下、『ストI』)が好きっていうのがあって。で、これの続編が出たら……しかも対戦もできるってなったら、絶対に受けるだろうなって『ストI』当時から思ってたんですよ(笑)。

F:その考え方、よくわかるなあ(笑)。で、そしたら本当に出ていたと。

高校を卒業したぐらいのタイミングですかね、『ストリートファイターII』(以下、『ストII』)が出て。それからはもうずっと夢中でやりましたね。

F:やはり最初から相当ハマっていたクチ?

:ええ。いやもうこれがお恥ずかしい話なんですけど、どうしても免許証の講習に出ないとだめな日があって……ここを落としたら全部パーになるよっていう。そんな日に池袋のゲーセンで、一人用をザンギエフでプレイしていたんですね。

F:ええ、ザンギエフ(笑)? っていうかガイルじゃなかったんだ。

:ガイルもやってたんですけど、その頃はザンギエフで一人用をクリアするっていうのがかなり珍しいケースだったので、それでベガまで行った頃にはすごいギャラリーがついて沸きまくってるんですよ。……で、ゲームはクリアしたんですが、そのまま教習所行きのバスを逃して。あれで免許証がフイになりましたね(笑)。

F:うわぁ……。でもそういう話も当時よく聞いたねー。『ストII』って結構な数の人生狂わせてると思う(笑)。

:当時はみんな相当、足突っ込んでましたよね。

F:きっと『ストII』がなかったら人生ちがってたんだろうけど……。でも逆にこれがあったからこその今なんだなって思うとホント不思議だよね。

:ですね。

【俺IIメモリアル①(清藤幸治編)】

若き頃の清藤くんが通ったゲームコーナーつきのおもちゃ屋。どことなく懐かしさのただよう雰囲気がいい!

若き頃の清藤くんが通ったゲームコーナーつきのおもちゃ屋。どことなく懐かしさのただよう雰囲気がいい!

 

まずはリュウから、そしてガイルへ

F:当時はやっぱり地元で対戦してた?

そうですね。で、ゲーセンにかよっていると、だんだんいつも顔出すメンツみたいなのが決まってきて、その常連と仲良くなって……っていう。

F:多くの『ストII』プレイヤーがたどってきた流れだ(笑)。あの頃は対戦前に「乱入していいですか?」って相手の了承を得る慣習があったね。

新鮮でしたよね! それで仲間になるきっかけができていくっていう。

F:そういう意味では今より当時のほうが仲間の作りやすさの点ですぐれてたかな。座るのも横並びだったし。「乱入いいですか?」「どうぞどうぞ」って会話があってさらに横並びっていう、友だちになるための要素がそろってた(笑)。殺伐さも当時はほとんどなかったような気がするな。

あのときは本当にみんな和気あいあいとしてましたね。

F:今は無言で入って、やってやられて、飽きたらさよなら……っていう、まぁ普通の光景なんだけど、ちょっとさびしい気もするね。当時はコミュニケーション能力高い人が多かったのかな? 「話しかけるの無理!」っていうプレイヤーにはハードル高いゲームだったかも(笑)。

それはあるかもしれませんね(笑)。

F:とまあ、そんな流れで友だちもできて。清藤くんは最初からガイル選んでたの?

いや、最初は『ストI』の影響もあって、一人用でも対戦でもリュウ使ってたんですよ。でも、波動拳が弱くて。昔(ストリートファイター)は3発で相手を倒せてたのに、なんでこんなに減らなくなっちゃったのかなーと。

F:そういう点では昇竜拳とかもすごく弱体化してた(笑)。

ええ(笑)。でも当時は弱足(しゃがみ弱キック)連打が強かった。あと「ハメ(※)」(笑)。

ハメ……なんらかの技を当てた直後に相手を投げる連携の総称。

F:ハメね(笑)。

あれは極悪でしたよね。転ばされてからの恐怖感がハンパないっていう。

F:受け側が投げ返そうとすると弱足連打食らって下手すればピヨっちゃったり(※)してたもんね。あったなぁ~。

※ピヨる……キャラが気絶状態(一定時間操作不能)になること。

そんなこんなでちょこちょことやってみてたんですけど、ああなんか軍人みたいなキャラいるなーって思って。で、軍人好きだったんでガイルやってみました(笑)。

F:それ大事だよね、見た目から入る、みたいなの。で、ガイルを選んで対戦をすることになったと。最初から強かった?

ええ、あんまり負けてはいませんでしたね。当時はしゃがんで中足出してソニック撃って対空技で落として……っていう、典型的な待ちガイル。

F:対戦初期の待ちガイルは強かったね、確かに(笑)。

【俺IIメモリアル②(清藤幸治編)】

カラオケボックスがまさかの順番待ち状態で、仕方なくファミレスへ。ドリンクバー1発目のメロンソーダはお約束でしょう!

カラオケボックスがまさかの順番待ち状態で、仕方なくファミレスへ。ドリンクバー1発目のメロンソーダはお約束でしょう!

 

遠征そして大会、強豪プレイヤーたちとの出会い

そうなってくると、対戦も地元だけじゃ飽きたらず、遠征に行くようになりましたね。

F:おお、遠征ね! 行ってたんだ。

ええ、新宿の蟹スポ(※)を中心に、あっちこっち。新宿はよく行っていたので、そこの常連さんとも仲良くなって……ええと誰だったかな……名前忘れちゃった(笑)。ダルシム使いのみ~ら(※)さんとかもいましたね。

※蟹スポ……新宿スポーツランド中央口店の俗称。「かに道楽」の前にあったことからこう呼ばれた。

※み~ら……対戦初期の頃からのダルシム使い。扱いのむずかしさからか人気のなかったダルシムをひとり巧みに操り強豪を倒していた。

F:なるほどね。そうなると、いろいろなところで開催されていた大会なんかでも見かけるようになってくるという流れだね。

ですね。当時の大会は池袋でもやってたし、富士見台なんかでもやってました。なかでも石神井公園の「スペースファンタジー」(以下、スペファン)はその中心地的な存在でしたね。懐かしい……。

F:また当時のスペファンの連中が曲者ぞろいっていうか(笑)。

ですです(笑)。リュウ使いの松田(※)さんやE・本田(以下、本田)使いの永田(※)くんあたりを始めとした猛者がたくさんいましたね。

※松田……「当時のリュウ」でガイルはもちろんダルシムすら倒すこともあったほどの対戦センスの持ち主。

※永田……今なお現役である伝説の本田使い、永田正月その人。

F:松やんか! 彼にも話を聞いてみたいな、当時の彼なりの対戦理論とか。おっとそれはさておきスペファンの話ね。

ええ、当時あそこが確かゲーメストに広告かなんか出してたんですよ。それでじゃあ行ってみようってことになって。でも、いざ着いてみたらすごい行列で人があふれてなかに入れないんです(笑)。

F:あの店、そんなに広くなかったもんね。でも外にあふれるってすごいな。

で、外にいる人たちが近所の別のゲームセンターに集まって対戦しているっていう不思議な状況でした(笑)。地元民である永田くんですらスペファンに入れずその別のゲームセンターにいたんですが、そこで彼のプレイを初めて見て、すぐに「あ、この人ちがうな」って思いましたね。

F:そこで永田正月が出てくるわけだ。

ええ。当時自分はガイルが空中にいるあいだもタメが作れるとは思ってなくて、そもそもジャンプ中に「タメる」という行為をしてなかったんですよ。でも、永田くんの本田は空中でもしっかりタメを作っていて、それですごく衝撃を受けたことを覚えてます。

F:そりゃ衝撃だったろうね……。

そんなこともあって、そこからまたどんどんガイルを磨いていって……っていうのがあって。ガイルで強くなれたのは永田くんがきっかけですね(笑)。

F:なるほどなぁ。でも確かにそういうレベルで戦っていたよね。今でこそごく当たり前のことだけど、当時はまだまだ未解明な部分も多かったわけで。

そういう新しい発見が大会に行くたびにありましたね。本田が相手をつかんだあと、そのままめくりボディプレスから連続技に入ったり、画面端でコンパスキック(しゃがみ強キック)とか、このへん全部永田くんがはじめた気がします。

F:プリソナー(※)もそうなのか、あれはおけやん(※)かと思ってた。さすがだな永田さん(笑)。

※プリソナー……本田が画面端に追い詰めた相手をつかみ終えたあと、着地ぎわに前進で移動して相手の裏へ回ってしゃがみ強キックを出す連携の通称。このしゃがみ強キックに当たった相手が本田側へと吸い込まれるように移動することからこの名がついた。

※おけやん……桶川近辺を拠点としていた対戦集団の名称。『ストII』に関する同人誌を何冊も出すなど、熱心な『ストII』ファンの多い対戦集団として知られた。

あと、後藤(※)さんのリュウもかっこよかった。

※後藤……『ストII』がリリースされてから早々に、リュウで「裏回り(めくり)攻撃からのアッパー昇竜拳」を導入していた達人。現在は某人気イラストレーター。

F:出た後藤くん(笑)。彼の必殺技「ケツ蹴り(めくり)アッパー昇竜」は衝撃的だった!

アッパー昇竜拳を初めて使った人、っていう認識でしたね。

F:そうそう。明らかに時代の先を行ってた。でも、彼がアッパー昇竜拳を始めた経緯がわからない。噂では開発筋から情報を得たんじゃ? なんて説もあったけど。

だいぶ初期から使いこなしてましたよね。「ジャブ(立ち弱パンチ)昇竜拳」で3ヒットになるキャラに対しては使い分けていたり。

F:ジャブ昇竜拳でピヨりからピヨりになったりしたからねぇ……まさに「必殺技」だった。ケツ蹴り当てて弱キック連打や投げ、みたいな立ち回りが主流だった頃にキャンセルという新しい概念をあの一帯に持ち込んで、一気に対戦レベルを引き上げた人だよね。

すごく変わりましたね。

【俺IIメモリアル③(清藤幸治編)】

かつてはチャンプと呼ばれた彼も今はすっかりゲームから離れているらしい。冬にスノーボードをやるのが楽しみだとか。

かつてはチャンプと呼ばれた彼も今はすっかりゲームから離れているらしい。冬にスノーボードをやるのが楽しみだとか。

 

ザ・シンプソンズのシャツを着る理由

F:そういえば、清藤くんていつもザ・シンプソンズ(以下、シンプソンズ)のTシャツを着ていたけど、あれは意味を持たせていたの?

ええ、まず顔を覚えてもらおうっていうのがあって、遠征に行くときはかならずシンプソンズのTシャツを着るって決めていたんですよ。これを着ることで「あ、またあのガイル来てるよ」って覚えてもらえたらなぁと思って、それで着るようにしました。

F:そりゃあみごとに成功したね(笑)。だって今でも覚えてるもの、シンプソンズって言えば清藤くんだなって。あれはどうしてシンプソンズにしたの? バート(シンプソンズの登場キャラ)がガイルに似てるから、とかそういう理由?

いや、たまたまです(笑)。本当にたまたま買ったTシャツがシンプソンズだったっていう、ただそれだけです(笑)。

F:ああ……秘密もなにもなかった(笑)。  

ゲーメスト杯、その明暗を分けたジャンケン

F:さて、じゃあ大会の話を聞こうかな。『ストII』って同キャラ対戦というものができなかったわけじゃないですか。ゲーメスト杯の場合、あのシステムでどうやって大会が行なわれたの?

同キャラの場合、キャラ取り用のジャンケンがあるんです。それに勝たないと自分の場合だったらガイルが取れない、っていうシステムでしたね。

F:そういや確かに普通の大会でもジャンケンでキャラ取りってあったね! すっかり忘れてた。でも、ジャンケンで連勝ってわけにはいかないじゃないですか。負けたときはどのキャラで?

春麗ですね。でも、実際にはそこまでお互いがガイルである、という状況にはならなかったんですよ。

F:結構な人数が参加したんじゃないかと思うんだけど、キャラかぶりはあまりなかったと。

キャラはそうですね。さらに言えば対戦スキルなんかもトーナメントの最初のころはそれほどでもない人が多かったんです。それで勝つことができました。でも、決勝に近づくにつれて「あ、この人対戦がわかってるな」っていう人ばっかりになってきましたけど。

F:で、いよいよ決勝を迎えると。

ええ。そこで反対側のトーナメントを勝ち上がってきたのもガイルだったんです。でも、ジャンケンに勝てて。

F:おお。

自分がガイルだったのに対して、相手のサブキャラがリュウだったんですよ。転ばせたらかならずハメにくるタイプの。なので、こちらとしてはとにかく相手を遠ざけたかった。そのときに役立ったのがスラストキック(近距離立ち中キック)ですね。

F:ああ、あの真上に蹴りあげるキック。

当時、あの技を知っているかそうでないかで対空の確実性っていうのはだいぶちがっていたんです。自分もそれで対空をしていたんですが、相手にすごくイヤがられていましたね。

F:そして激闘を制したわけだね。

ええ。この決勝の相手は地方の人で、これはあとから友人に聞いた話なんですけど、大会があったその日の夜に野試合をしたみたいなんですね。自分は用があって帰ってしまったんですが。で、その2位のガイルの人と対戦したら、これがもう全然勝てなかったと。

F:なんですと!

さらに新宿まで連れて行って対戦させたらしいんですけど、そこでもみんなを蹴散らしまくって……すごく強かったみたいです。空中投げがすさまじかったという話でした。しかも対戦テクニックもあって。なので、ジャンケンで負けていたら試合でも確実に負けていたでしょうね(笑)。

F:そんな恐ろしい人だったんだ(笑)。

あの頃の対戦事情って、やっぱり東京がテクニックの発信地みたいなところがあって、それがだいぶ遅れた時間差で地方へも波及していく、みたいな流れだったじゃないですか。でも、そんななかでもその人はうまかったと。

F:独自の進化を遂げてたんだね。たまにいるよね、そういう人。そりゃすごいな……。ある意味、明暗を分けたのはジャンケンなのか。

いやもう恥ずかしながら(笑)。

F:でもまぁ大会だとそういうのも含めての勝利っていうことだよね。すばらしいです。ところで優勝賞品のマウンテンバイクはまだあるの?

あれですか? 盗まれてどっかにいっちゃいました(笑)。

F:あちゃー(笑)。  

『ストリートファイターIIダッシュ』以降

F:『ストリートファイターIIダッシュ』(以下、『ダッシュ』)の頃はどうでした?

いやもう相変わらずハマってましたね。自分がゲームセンターの店員をしていたっていうのもあって、常連のみんなとお金を出し合ってお店にお願いして、『ダッシュ』の発売日に1枚多く基板を買ってもらったんですよ。それで、友達の家にみんなで行ってやってた覚えがありますね。

F:あー、当時は基板を買う猛者がちょこちょこいたよね(笑)。で、お店が終わるとやっぱりみんなでその人の家に行って『ダッシュ』をやるみたいな。

だいたいみんな夜通し遊んでましたよね。

F:そうそう。あの頃は時間の使い方がおかしかった。で、『ダッシュ』の大会も出た?

確か出たと思います。でも予選みたいなのがあって、それに勝ち上がれなかったかと。

F:そうだったんだ。そしてあの大会といえば太刀川(※)。彼は『ダッシュ』から目立ってきた感じだったよね。

※太刀川……伝説の『ストII』プレイヤー。

大泉学園のプレイヤーでしたっけ。あのあたりも強い人が多かったです。

F:太刀川とやってればどう考えてもうまくなるよね(笑)。彼はどんなキャラも使いこなす変人だったからなぁ。で、『ダッシュ』をやって『ストリートファイターIIダッシュターボ』(以下、『ターボ』)もまだやってた?

『スーパーストリートファイターII』、『スーパーストリートファイターIIX』(以下、『スパIIX』)が出た頃まではプレイしてました。『ダッシュ』でもそうだったんですけど、ガイルはシリーズを重ねるごとに戦法が変わって、いろいろ試行錯誤しながらやってましたね。でも『スパIIX』の頃になってくると大会とかは意識しなくなって、普通に楽しむ程度でしたが。

F:ほかのゲームなんかもやったりしていたのかな。

カプコンだったら『ヴァンパイア』シリーズや『ストリートファイターIII 3rd STRIKE』ですかね。それとSNKの格闘ゲームはプレイしました。そうそう、『バーチャファイター2』(以下、『バーチャ2』はすごくハマりましたよ。それこそ夜までぶっ通しとか。

F:おお、『バーチャ2』やってたんだ。なんとなく意外(笑)。

そうですか(笑)? まあでも、結局のところ一番ハマっていたのは『ストII』シリーズということになりますね。  

漫画家「清藤幸治」時代もあった!?

そういえば、あの当時は『ストII』仲間に絵描きが多かったっていうこともあって、彼らに影響されて自分も本気で漫画家を目指していたことがありましたね。

F:漫画家ですか!

かずえ(※)さんが漫画を描いていたじゃないですか。それで、彼が漫画を連載していたときに誘われたんですよ。アシスタントしてみないかって。で、そのときにかなりかずえさんから教わりましたね。

※かずえ……斎藤和衛。当時多かったリュウ使いでも群を抜いていた名手。現在は漫画家・イラストレーターとして活躍中。

F:かずえちゃんのアシスタントとな……。そんな時代があったんだ。

最終的にはアンソロジーひとつと、読み切り漫画をひとつ描きました。まあ、そのふたつだけなんですけどね(笑)。かずえさんから学んだものがかなりあったので、それを生かして。

F:ええ、すごい(笑)! それはいつごろの話……?

『ダッシュ』とか『ターボ』時代ですか。でも、それで終わりなんですけど(笑)。その頃には絵描き仲間がたくさんいたので『ストII』を遊んだあとは、みんなで集まって絵を描くみたいなことを毎日やっていましたよ。

F:意外すぎるだろ(笑)。

【俺IIメモリアル④(清藤幸治編)】

インタビュー中、清藤くんにより作られていた謎の物体。左がガイルの頭っぽいので、あるいは中央が胴、右が足なのかもしれない(なわけない)。

インタビュー中、清藤くんにより作られていた謎の物体。左がガイルの頭っぽいので、あるいは中央が胴、右が足なのかもしれない(なわけない)。

 

『ストII』に対する思い

F:『ストII』をやっていて、よかったなと思うことなんかはあった?

やっぱり「人とのつながり」が増えたことですね。今でもそうなんですけど『ストII』がきっかけとなったことで、知り合いは本当に増えました。これがなければ今の自分はいない、って確実に言えます!

F:それはあるよね! あと『ストII』に対する思いがあれば聞かせてもらっていいですか?

『ストII』はずっと『ストII』であってほしい、と思いますね。今はいろいろな対戦格闘ゲームが世に出ているけれど、その対戦格闘ゲームの基礎とも言うべきシステムだけで構成されたゲームっていうのはほかにないと思うので。たとえ進化しても、この路線だけはずっとつづいてほしいです。未だに『スパIIX』がすたれずに残っているっていうのは、それを支持する人が多いことの証だと思いますし。

F:そうだよね。ほかのどんなゲームの操作がわからなくても『ストII』だけはとりあえずできる、っていう人は多いもんね。

『ストリートファイターIII』シリーズや、『ストリートファイターIV』シリーズも、その血統を受け継ぐゲームだっていうのはわかるんです。でも、やっぱり『ストII』のあの形も重要かなと。

F:わかります。いやあ、本当に今日は貴重なお話をありがとうございました。

いえいえこちらこそ! どうもありがとうございました。

(聞き手・FOOすけ)

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著者プロフィール

FOOすけ
7つのペンネームを使い分け(本当は3つくらい)、さまざまな媒体で執筆活動を行なっている覆面ライター。でも隠しているわけでもないので、聞かれればお答えします、とは本人の弁。