第1回 サウンドクリエイターになった当時を振り返ってみた。

このたびコラムを担当することになったサウンドクリエイターの佐藤 豪です。自分が昔「セイブ開発」に在籍してアーケードゲームの楽曲を手掛けていたころの話を中心に書いていこうと思います。

第1回は、サウンドクリエイターになった当時の話をしていきます。よろしくお付き合いください!

 

音大受験にはフランス語が必須よ!?

さて、まずは簡単に自己紹介から。1991年にセイブ開発に入社してサウンドクリエイターとしてデビューし、現在までさまざまなゲーム会社に所属してきており、今は某社のサウンドクリエイターとして活動しています。

これまでいろいろな人に支えてもらい、今年で約24年間もこの仕事をしてきています。代表作は縦型スクロールゲームの『雷電』シリーズ。ほかにもオンラインゲームの『チョコットランド』というPCゲームも8年担当しつづけたり、最近ではゲーム以外でも、ゲーム「人狼」を舞台にした公演「人狼 The Live Plaing Theatre」の1シリーズの挿入曲を担当したり。

そんな自分がサウンドクリエイターの道を進もうと思ったのは、受験時期の高校3年のとき。最初は音大に行きたいと思って、母親に「音大行くには何を勉強したらいい?」って聞いたんだけど、

豪母「音大受験はフランス語が必須よ(キリッ」

と言われ、ただでさえ英語が苦手なのに、今からフランス語なんて無理だ! ってことであえなく断念した。この話を聞いて、不思議に思った人はするどい! なぜなら音大の試験科目にフランス語を設定しているところはほぼゼロと言ってよく、じつは豪母のアドバイスは適当だったのだ(笑)。

しかし、その当時の自分は「音大受験=フランス語」を信じて疑わず、30歳の時に在籍していたK社の音大出の同僚に、

オレ「音大出てるんだね。試験科目のフランス語はどうやって勉強したの?」
同僚「ん? フランス語? フランス語とか受験科目になかったけど?」
オレ「うちの母親から昔そう聞いた事あるんだけど?」
同僚「オレが知ってる限りフランス語を設定してる音大はないよ。でもなぜフランス語? 百歩譲っても普通ドイツ語じゃね?」
オレ「……!」

こんな訳で10年越しに母親の適当さに気づく(笑)。なお、豪母は他にも色んなエピソードを残しており、例えば、ある日手術入院して会計時に保険金が間に合わなくて豪母に相談したとき、

豪母「病院は待ってくれる制度があるから、後日払うと言えばいいのよ」

というアドバイスを鵜呑みにして、当日、

オレ「保険金が1週間後に下りるのでその時払いにきます(キリッ」

と会計係に伝えると、

会計係「後日支払いはできませんので今お支払いください(冷」

と軽く返されてしまった(笑)。まあ結局クレジットカードOKの病院だったのでクレカで事なきを得たが、それにしても豪母、実に適当な人である(笑)。

話がそれてしまったが、そんなこんなで音大は受験することもなく、専門学校も当時はレコーディングエンジニア系やプレイヤー系しかなく、これらは(当時は)ゲームミュージック制作には役に立たない技術だと思っていたので、進路未定のまま高校を卒業するハメに。

 

バイトをしながらオリジナル楽曲を作る日々

卒業後、とりあえずゲームに関わりたかったので「ゲームインファンファン秋葉原」で店員としてバイトすることになった。なお、ファンファン秋葉、わりと最近まで頑張っていたようだが、とうとう閉店してしまったみたいでとてもさびしい。ちなみに「高田馬場ゲーセンミカド」のあの池田さんもファンファンの店員をやっていたとのこと。在籍時期はかぶってなかったようだけど。

そうしてファンファンでバイトしながら、X68000というSHARP製PCの内蔵FM音源を使ってひたすら作曲経験を積んでいった。当時は音楽理論も何もわからず、ただただ思いつくままに作っていった。むしろ若気の至りで「理論なんて型にはまる必要なんてないんだ!」と思っていて、避けていたんだよね。

音楽理論をちゃんと勉強したのはセイブ開発を退職したあとで、今思えば大して知らないのによくやってたなーと思ったり。当時作っていた曲は、今聴くと痛々しくて逃げ出したくなります……。これを読んでいるサウンドクリエイターを目指している若い子達、もし理論があいまいだったら、今のうちに習得しておくことを強くおすすめします。もし知らないままプロになれたとしても、のちのち苦労すると思うよ!

作った楽曲は、インターネットの前身とも言えるパソコン通信の、ゲーム音楽系の掲示板に投稿して反響をうかがっていた。ワールドワイドなものではなく、その掲示板のなかだけでのせまい世界ではあったけど、評判も上々で、少しずつ自信をつけていった。

 

アルバイト情報誌からサウンドクリエイターに応募!

こうしてある程度作曲数もこなしてデモも数曲できたころ、就職活動をすることにしたんだけど、そもそもゲーム会社にサウンド制作者として入社するにはどうしていいかわからなかった。当時、ゲーム会社に入社している人なんてなかなか出会うことがないし、回りの大人たちも実例を知らないから誰もアドバイスしてくれなかったんだよね。

ところが、じつはアルバイト情報誌を見ると意外とあってびっくり。当時5件くらいはつねに載っていたんじゃないかな。今じゃアルバイト求人誌にこんな案件が出ているなんて奇跡のような話だけど、思えばいい時代だった。まだバブル真っただなかだったし。

早速デモ曲を作って履歴書を出した。1社落ちて2社目に受けたのが、セイブ開発だった。アルバイト採用のように電話で問い合わせると書類選考もなく、すぐに履歴書を持って面接に来て、と言われた。

面接は社長室兼会議室で、面接担当のかたがいるなか、社長と経理(社長の奥さん)を交えて行なわれた。この奥さんが大の動物好きで、小型犬が部屋のなかをドタバタ荒ぶっているなかでの面接となった(笑)。動物が走り回る場所で面接をした人はそういないと思う。貴重な経験だった。

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(イラスト・菊野郎)

面接自体は無事終わり、翌日内定の電話をもらった。話を聞くと30名ほど応募があったこと、また、募集かけてから時間も経っていたこともあってすでに内定者がいたようだ。しかし、自分が唯一パソコンの内蔵音でデモを作っており、実務に直結できるということで、予定外で採用することにしたらしい。こうしてゲームサウンドクリエイターとしてキャリアをスタートすることになったのだった!

(文・佐藤 豪)

【イラストレーター紹介】

菊野郎 いろんなところでゲームのコミカライズや4コマ等漫画などを連載中。連載、単行本の情報はサイトにて。おしごとください。

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菊屋敷

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著者プロフィール

佐藤 豪
佐藤 豪サウンドクリエイター
ゲームサウンドクリエイター。気が付いたら24年この仕事やってます。作曲はもちろん、効果音が好きで効果音の研究に取り組んでいます。代表曲は『雷電II』『バイパーフェイズ1』『チョコットランド』など。

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