【第9回】音楽家編集L、華麗なる仕事ぶりを見せる(後編)

前回、L氏から受けた最後の指摘が「専門用語をうまく使え」というものでした。つまりそれは、最初に渡した傾向の記事にせよというわけです。

これまでのいきさつから、私もやや頭に血が上っていたということもあったのでしょう。最初に出した第一稿を「そのままで」再送してしまったのです。もちろんミスなどではなく、いわばあてつけのような形で。

送った直後こそすがすがしい気持ちになったものの、少し冷静になる時間を置いたあとは「ああ、いくら腹が立ったとはいえ……やっちまったなあ」と後悔もしました。が、送ってしまったものを今さらなかったことにもできません。

そして、通常はメールでやり取りしているL氏から電話連絡が入ります。普段の対応速度を考えると、それは異例とも言える早さでした。

電話から飛び出した仰天発言

「さすがに第一稿をそのまま送られたということで、これはかなり強い抗議があるだろうな……」まずそう思いましたが、自分としても覚悟のうえでやったことですし、何より途中で逃げ出すわけにもいきません。あまり気は進まないものの、電話を取りました。

L :「台風さん! 原稿を確認しましたよ!!」

アカン、興奮気味だ……こりゃあかなり怒ってるかなぁ~。

L :「まったくこれ、どういうことなんですか!」
台風:「はあ……」

理由はどうあれ、プロとして配慮を欠くことをしたのはこちらなのでぐうの音も出ません。相手の勢いがすごかったこともあり、生返事くらいしかできなかったのです。そろそろお叱りの言葉が来るだろうなぁなどと考えていると、つぎに出てきた言葉が

L :「いいじゃないですか! これですよ。こういうのを待っていたんです!!」

!?

いやでもそれ最初にダメ出し食らった奴なんですが、いったいどういうことなんですかね……。あまりに予想外の展開になり、言葉を失った私にかまわずL氏のトークは止まりません。

L :「いやぁ、いいなあ。ボクはこういうの好きだなぁ~」
L :「さすがライター暦も長い方だけに、ポイントしっかりついてますね~」
L :「もうボクから直すところなんてありませんよ~」
L :「今後もこの調子でよろしくお願いしますね! ではまた!」

とまあ、好き勝手に話したあげくこちらの返事も聞かずに電話を切られてしまいました。 電話のあと、私は誰もいない部屋で大笑いしたのを今でも良く覚えています。いやあ、本当に腹が立つと変な笑いが出るものなんですね。人生初の経験だったかもしれません。

あのリライトの意味を考える

精神の安定を取り戻したあと、この一件はどういうことだったのかを考えてみました。ここで出てくるのが、前回の冒頭で触れた、かのベートーベンです。

ベートーベンは作曲の際、推敲に推敲を重ね完成したものを見たら第一案だった……ということも少なくないほど徹底して音を決めていったというエピソードがあります。

それに対し、天才モーツァルトはそういうことがなくあっさりと楽曲を書き上げたそうですが、つまりL氏はタイプで言うとベートーベン気質であり、あらゆる記事を比較した結果があの電話連絡であった……そう考えればつじつまも合わないことはない。そうか、そういうことだったのか! あの無意味に思えるリライトの応酬にも、じつは深い理由があったのですね。そうにちがいない!

そう思えばちょっと面倒くさい人物ではあるけど、よりよいものを作ろうという心意気の現われならば……私の中ではそう結論づけされたので、L氏に対しての評価はそれほど下がりませんでした。

その数時間後までは。

友人ライターとの会話で真実を知る

その日は原稿も上がったことですし、みんなで飲みにいこうということになりました。そこで今回のいきさつを話すと、驚がくの返答がきたのです。

台風:「……というわけで、L氏はちょっと面倒だよね~」
友人:「うんうん。あの人って締め切りよりかなり前に原稿を出すと絶対に意味不明の指摘をするからね」

なに?

友人:「だからL氏が担当のときは締め切りギリギリに出さないと余計な手間が増えちゃってさ」

というと、別に推敲に推敲を重ねるスタイルとかそういうのではない?

友人:「あの人、締め切り直前に出せばウソ情報でもないかぎり絶対に修正ださないしw」

よりよいもののために、というわけでもないのか……。

友人:「てか、あの意味不明の修正ってケチつけてウサ晴らししてるって話だからみんなに嫌われてるよw」
台風:「あ、そうなんだ……」

なんてことだ。ちくしょうめ、ただの小物じゃないかw! 一瞬でもできる人なんじゃないかと考えた自分が恥ずかしく、ベートーベンにも申し訳ない。私のL氏に対する評価はガタ落ちしました。

そしてその後もL氏とご一緒する機会が幾度か発生してしまったものの、友人から聞いた攻略法である「締め切りギリギリにまとめて原稿を提出する方法」で乗り切ることができたのでした。

ほかの担当だとみんな仕事が速いのに、L氏が担当の際は締め切りギリギリとなる。そのことに疑問を持つかたもいたようですが、みんな暗黙の了解だったのでしょう。まったく、本当にやっかいな編集さんでした……。

さて、今回のお話はこれにて終了です。それにしてもかなり前の出来事なのに、今でもあの調子のいい軽口が簡単に脳内再生されます。もう聞きたくもないはずなんですが、忘れられないものですね。

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著者プロフィール

台風一家ゲームライター
ゲームを始めて、はや○十年となりました。小さいころはロボアニメをよく見ていたせいか、ライターになってもロボにやたら縁があります。「誰かの成功から学ぶ」ためでなく「誰かの失敗を繰り返さない」ために歴史を学んでいましたが、あまりその教訓は生かされていない気がしますね。